『乳と卵』川上未映子

乳と卵

川上未映子ワールド全開です。女性の身体に関するあれこれなのですが、子どもを生むこと、のような大きなテーマにつながっているように思います。男性が読むと、共感とはまた違った感じの、おもしろさがあります。

娘の緑子を連れて大阪から上京してきた、「わたし」の姉でありホステスの巻子。
巻子は豊胸手術を受けることに取り憑かれている。
一方で、緑子は言葉を発することを拒否し、ノートに言葉を書き連ねる。
夏の三日の間に展開される哀切なドラマは、身体と言葉の狂おしい交錯としての表現を極める! 
日本文学の風景を一夜にして変えた、芥川賞受賞作。

川上未映子が好きだと言いつつ、エッセイが好きで、小説は2冊しか読んでいませんでした。東京へ向かう新幹線の中で、芥川賞受賞作品をいくつか読んでみようと思い立った時に、そういえばと手に取った1冊です。

主人公、姉とその娘、登場人物3人、3日間のミニマムな物語の中に感情が凝縮されています。以前読んだ『すべて真夜中の恋人たち』も登場人物が3人でした。そちらは長編でしたから、ゆったりとした起承転結があります。本作は起承転結を煮詰めて、ドロドロになるまで煮詰めた感じです。

大阪弁ということで敬遠していましたが、読んでみると、そこまでゴリゴリの大阪弁ではなくて、読みやすいと感じました。読みにくいと感じるのであれば、独特な言い回しのためではないでしょうか。

そっか、あの子な、なんやろうなあ、と云いながらため息をついて、あたしにはわかりませんわ、と情けない顔をつくりつつ笑って見せ、服なん個か掛けといてもいい? とまた立ち上がって、掛かってあったハンガーを服の襟ぐりから無理くりに入れながら、まあ、あんたがおったときはまあうまく、行ってた、かなあ。こんなことにはなってなかったもんな、と云い、でもまあ巻ちゃんも一生懸命やってるし、そういう時期でしょ緑子の、と答えて、まあまあ、と云いながらわたしは親指の爪で左の人差し指の甘皮を押し下げながら、空になった硝子コップを見て

例えば、この1文はまだまだ続くのですが、1文がやたら長い。そして、セリフが改行なしで文の中に入っていたり、上の文のように鉤括弧がなかったりします。

僕は、たぶん、このスタイルに慣れていて、魅力的だとさえ思っているので、違和感無くに読むことができました。しかし、初めて読む人は、慣れるまで、読みづらく感じるかもしれませんね。

大阪弁は、著者にとってはホームですから、より勢いがあるように感じました。となると、さらに激しそうなイメージの『わたくし率 イン 歯ー、または世界』に手を出してもよいかも。

内容としては、豊胸手術に固執する母(主人公の姉)と、まもなく初潮を迎えるであろう娘との話です。母娘で完結する話ではあるけれど、第三者の視点で見る「わたし」の存在は必要でした。客観と主観のバランスが取れた上手い立場に配置されているなと感じました。

しかし考えれば考えるだけの億劫と、重くのしかかるものが大阪、母子、を思うと、その字づらからその音からその方角から心象から、いつもわたしの背後に向かって一切の音のない、のっぺりとした均一の夜のようにやって来ては拭いきれぬしんどさが、肺や目をじっとりと濡らしてゆく思い。

娘の緑子が、うちの娘たちと同世代で、思うところがありました。男性も、体の変化はあるとはいえ、女性ほど精神的な戸惑いはない気がします。完全に想像ですが。

大人になるのは厭なこと、それでも気分が暗くなる。どんどんどんどん変わっていく。過ぎていく。それがゆううつで、なんでかものすごく暗い。でもその暗さは厭、気分が厭、厭厭が目にどんどんたまっていって、目をあけてたくない。あけていたくない、から、あけてられない、になりそうでこわい。目がすごいくるしい。

著者は、他の作品でもそうですが、感情表現を身体表現として描くのが上手いですよね。緑子の、その当時の、なんとも言えない感情が伝わってきます。

一方、母親の巻子については、行動に謎なところがあります。こちらは、僕の想像の及ばないところですし、明確な理由があっての行動ではない気もします。最後まで読むとわかりますが、正解がないというのも、これはこれで大人らしさです。正解を求める緑子との対比として見ることができるのではないでしょうか。

煮詰めて一気に飲ませる独特な文体という、「飲んでるうちに病みつきになるんですよ」という、この感じは好みが別れそうではありますが、試しに読んでみて欲しい1冊です。先に、後から書かれた作品を読んで戻ってくるのもありだと思います。

最新作『夏物語』は、本作の「わたし」が主人公で、この物語の発展になってるみたいです。

特集ムックが出てます。先日、NHK「あさイチ」に出演して、そこで紹介されたおすすめ書籍も売れてるみたいですね。書店でも特集されていました。

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