『翼』白石一文

翼

それぞれが比較的短い30の章で構成されています。その構成の仕方が凝っている。内容としては、恋愛の話のように見えたのですが、実際は、もっと大きなものを扱っています。最後まで読むと、テーマがはっきりしてきます。物語に入っていくというよりも、ちょっと離れて、なるほどと納得しながら読んでいく感じが合うかもしれません。

今回は、Amazonの紹介文ではなくて、本の帯を引用します。

心の底から愛した「運命の人 」が隣に居ない 。そんな人生に意味はあるのか!?予測不能のスリリングな展開に思わず一気読み!これぞ小説!これぞ物語の力!凄まじい信念で「生きること 」の意義を問い続ける白石一文の新傑作!

以前、平野啓一郎著「マチネの終わりに」について取り上げました。

「マチネの終わりに」をそう捉えるのであれば、白石一文の「翼」を読むべきだと勧められて手に取りました。「マチネの終わりに」は40代という年齢が自分にとってキーとなっていました。「翼」では、その死生観や恋愛観(とは少し違うけれど)が読者にマッチするかがキーとなりそうな気がします。

親友の夫であり、かつて初対面でプロポーズしてきた男との話を軸に、弟の元妻、尊敬していた上司の話が語られます。この辺の構成がかなり狙っている感があって、話の切り替わりが唐突に感じられたりもします。それが最後にすべて繋がってくるので、そこはうまく構成されているなと。

本作品のテーマとなりそうなのが、作中の言葉を借りると「死と記憶との関係 」ということになるかと思います。こんな印象的なセリフがあります。

「たとえ自分自身が死んでも、自分のことを記憶している人間がいる限り完全に死んだことにならないんなら、逆に、自分が生きていても、その自分のことを知っている人間が死んでしまえば、自分の一部が死んだことになる。そういうことだろ」

自らを「ヘンな人間」であると言う岳志は、普通であることの一番の素晴らしさをこう表現します。

「それはね、たった一人の人間と一生を共に暮らし、その人のことを生涯愛しつづけるってことだ。他の欲望は全部どこかへ捨て去って、ただそのために自らの人生を捧げるってことだ」

ここだけ切り出すと、ベタな感じがしますが、この前後の文脈を読むと、岳志の言動の背景、その根の深さを感じることができます。ただ、この時点で、彼のことを理解することはできません。主人公もこの時の会話については、自分の考えを述べていません。

俯瞰して最後まで読むと、なるほどと思う岳志の言動なのですが、物語に入り込んでいると、どことなくサイコパス感が漂ってきます。そこから距離を取ろうとする主人公という構図が続きます。ところが、終盤に、主人公の思考や感情が激変する出来事が起こるのです。

そこが、なんとも惜しいことになっているように感じました。最初の方でも書きましたが、本書は構成で読ませる作品で、それは狙い通りになっていると思います。ところが、件の出来事については、その構成によって、主人公受けた衝撃が読者に伝わりづらくなってしまっています。

後からネタバラシがあるので、最後まで読むと納得できるのですが、主人公が受けた衝撃に共感したいわけで…そこに共感していないと、主人公の行動が理解できなくなってしまいます。繰り返しになりますが、最後まで読むと、辻褄が合っていて、モヤモヤの残らない物語となっています。構成を狙いすぎたのか、いや、重要な出来事をサラッと描く作風からすると、これで良いのか…

さて、全体としては、著者が伝えたいことが伝わってきて良かったと思います。恋愛の話ではなくて、愛についての話だと言えそうですし、作中の言葉を借りると「真実の人生の物語」となります。物語の死生観や恋愛観(とは少し違うけれど)に触れて、いろいろと思うところがありますね。

物語に入り込むには少し難しい構成ではありますが、読後にあれこれと考えさせるという意味では、力のある作品なのだなと感じました。

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