『マチネの終わりに』平野啓一郎

マチネの終わりに

重厚感があります。それでいて、重苦しくないと言うか…大人の恋愛というのは、こんな感じなのかもしれません。平野啓一郎は2冊目となりますが、文学初心者にはやや難しい。それでも読めてしまう。まだこの世界に浸っていたい。そんな作品です。

たぶん、純文学というカテゴリーに入ると思うのですが、そういった作品に慣れていません。最初の方は集中していないと、文章が頭に入って来ない感じがありました。しかし、それも束の間、物語の世界に引き込まれて行きます。

読めない漢字や、意味を推測するしかない単語、初めて聞く固有名詞。所々、出てくるわけですが、読み進めるのを妨げるというほどではありません。それよりも、芸術に造詣の深い主人公たちのセリフが、なるほど、わからん。でも、後述しますが、それはこの物語においては重要な意味を持っていたのだと思います。

僕が、この物語の世界に入っていけたのは、やはり年齢によるところが大きいと言わざるを得ません。主人公たちと、ちょうど同世代なのです。40歳、独身。恋愛もします。その、若い頃とは違った恋愛における感情が、リアルに感じられます。著者も執筆当時は同世代ですね。この世代だから分かるのか。若い人が読んだら、どんな感想を持つのでしょうか。大人の恋愛は、違うんですよ。きっと。

作品中でも、年齢に関すること、若い頃との対比は頻繁に記述されています。

なるほど、恋の効能は、人を謙虚にさせることだった。年齢とともに人が恋愛から遠ざかってしまうのは、愛したいという情熱の枯渇より、愛されるために自分に何が欠けているのかという、十代の頃ならば誰もが知っているあの澄んだ自意識の煩悶を鈍化させてしまうからである。

美しくないから、快活でないから、自分は愛されないのだという孤独を、仕事や趣味といった取柄は、そんなことはないと簡単に慰めてしまう。そうして人は、ただ、あの人に愛されるために美しくありたい、快活でありたいと切々と夢見ることを忘れてしまう。しかし、あの人に値する存在でありたいと願わないとするなら、恋とは一体、何だろうか? 

その他にも、40歳の焦りや諦めが随所で表現されています。若い人が読んだらどう思うのか気になると同時に、身の回りのアラフォーはみな結婚していますから、結婚している同世代の感想も気になるところです。40歳独身で恋愛中の僕は、ターゲットぴったり過ぎやしませんか。

さて、アラフォーともなると、いろいろとあるわけですが、度々持ち出されるこのセリフ。

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」  

僕も自分の本に書きました。未来が過去を変える。僕は「変えられる」というニュアンスで口にしているのですが、「変わってしまう」とも言えるわけです。その、良いとも悪いとも言えないというのがポイントで、この物語の中で様々な出来事が起こりますが、単純に良し悪しの判断がつかないんですね。

ほんの些細な違いで、大きな差が生まれる。作中では、そんな出来事が度々起こります。もちろん、誰かが死ぬといったことは肯定はされていませんが、それ以外については、良かったのか悪かったのか分からないことが多い。感情で判断したことが、理性では反対になる。その逆もある。本書の感想を述べるのが難しいのには、そういった構造にも起因しているのではないかと思います。

最後に、主人公ふたりの間の愛について。最初の方にも書きましたが、本書には難しい表現がたくさん出てきます。ところが、ふたりの恋心や愛情については、最初のうちは、驚くほどシンプルに表現されているんですね。これは、物語の性質上、そうせざるを得ないと感じます。ネタバレせずに書くのが難しいのですが、ふたりが愛し合っていることを演出しづらい物語なのです。

そういう意味で、作中の情報量が多いことも納得できます。音楽や芸術、社会情勢まで、情報量が多いです。これだけの情報量は必要だったのでしょうか。僕は、それらが必要であったと感じています。ふたりが自分の気持ちに気づき始めるタイミングでは、シンプルでストレートな表現となっていますが、さすがにそれを続けると浅い話になってしまいます。この物語では、ふたりの愛を表現するために、直接的な表現が使えない。情報量でもって外堀を埋めるしかない。そう感じています。

そんな一筋縄ではいかない物語の結末。この後、ふたりはどうなるのでしょうか。単純なハッピーエンドとは言えない気がします。とは言え、重厚感のある作品ですが、読後感は以外にも重たくありません。しかし、ふたりがどうなるかは分からない。世の中には結末を読者に丸投げしてしまう小説もありますが、本作は物語としていったんきれいに終わっています。それでいて、この先を考える余地がある。余韻に浸っていたい作品ですね。

今日から映画が公開されます。どう映像化されているのか楽しみです。

https://matinee-movie.jp

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