『ニュータイプの時代』山口周

ニュータイプの時代

前著「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」の内容がとても良かったので、本書を手に取ってみました。読み応えがある一冊でした。ボリュームも多いのですが、なにより内容が濃い。

本書で示されている「オールドタイプ」と「ニュータイプ」の対比は、普段から感じていたことではあるので、個人的には目新しさは少ないように思いました。それでも、自分が感じていたことが、根拠とともに言語化されていることには価値があります。逆に、目次を見て新しさを感じた人は、読んでおいたほうが良いと思います。

どのトピックも重要で、引用したい箇所は多いのですが、たいへんな量になりますから、ここでは優先順位を気にせずにいくつかピックアップします。

第1章では、6つの大きなトレンドが示されています。そのうちのひとつです。20世紀後半までの「問題が過剰で解決策が希少」という時代では「問題解決能力が高い」ということに価値がありました。しかし、現在、人類史の中で初めて「問題が希少で解決策が過剰」という時代に突入しつつあり、「問題の発見能力」の価値が上がっています。

10年前のシリコンバレーで、VC(ベンチャーキャピタル)はスタートアップに対して「解決策ではなく問題を示せ」と言っていました。まさに、ここに書かれていることなのだと思います。つまり、10年前から問題不足の状況だったわけです。その後、スタートアップだけでなく、広く一般に「問題の発見能力」が求められるようになってきているのでしょう。問題解決に関しては、人間よりもAIのほうが勝っている領域もあるわけですし。

その問題発見の方法についてです。

ニュータイプとは、常に自分なりの「あるべき理想像」を思い描いている人のことだということになります。ニュータイプは、自分なりの理想像を構想することで、目の前の現実とそのような構想とを見比べ、そこにギャップを見出すことで問題を発見していくのです。

つまり、ビジョンがなければ問題は発見できないということです。理想像と現実とのギャップから問題が発見されます。個人や社会がどうあるべきか、考える時期に来ています。

別のトレンドについて取り上げましょう。過去100年間で生産性が明らかに向上しています。ところが、労働量は減少していません。それはなぜでしょうか?それは、実質的な価値や意味を生み出さない「クソ仕事」が蔓延しているからだと著者は言います。

ここで「意味」が重要となってきます。この「意味」というキーワードは、本書でも何度も登場する重要なワードです。仕事に関して言えば、仕事に「意味」を与え、携わる人から大きなモチベーションを引き出すのがニュータイプです。

また、市場において「意味がある」というのは差別化要因となります。

「役に立つ」市場では勝者総取りが発生する一方で、「意味がある」市場では多様性が生まれることになります。

これについて、ハサミやホチキスは1種類しか置かれていないけれど、タバコは200種類以上が置かれているという例が挙げられています。タバコは「役に立たないけど、意味がある」ということです。市場に多様性が生まれるというのは、僕ら弱者にとってはチャンスだと感じました。

さて、また別のトレンド。「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」にも登場した「社会のVUCA化」です。「VUCA」とは次の単語の頭文字です。

  • Volatile(不安定)
  • Uncertain(不確実)
  • Complex(複雑)
  • Ambiguous(曖昧)

これは、日本でも多くの人が感じていると思います。ここから受ける影響は以下のようなものが挙げられます。

  • 「経験の無価値化」
  • 「予測の無価値化」
  • 「最適化の無価値化」

こうなると、従来の考え方をしていると、危ういように思います。個人的には、経験、予測、最適化のいずれにも重きを置いていないので、ネガティブな感想はありません。しかし、これらが無価値化すると困ったことになる人は多いのではないでしょうか。

ここまでで、トレンドの一部に触れてみました。第2章以降は、6つのトレンドの中で、ニュータイプがどう思考し、行動するかということが解説されています。各章の最後にまとめがあるのですが、より理解を深めるために、まずはまとめだけでなく本文も読むのがおすすめです。

本書に好感が持てるところとして、極端な言論をしていない点があると思います。例えば、「AではなくてB」と示されたときに、社会はAじゃないの?と思ったら、AとBに二極化していると、ちゃんと説明されているという具合です。この時に、AやBに振り切ったり、逆張りをしたりするのではなく、バランスよくどちらも狙うのが正しい戦略とされています。

同じく、破綻したシステムについても、それを完全にリプレースするのではない、というスタンスです。

今の私たちを取り巻いている「システムの大きな問題」を解決するには、システムそのものをリプレースするのではなく、システムそのものを微修正しながら、その中に組み込まれる人間の思考・行動様式を大きく切り替えることが必要だということです。

ビジネス書だと、極端な言論をしたくなるところだと思うのですが、きちんとバランスが取られているのが良いですね。

また、著者が日本人なので、日本人の気質や日本の現状についての考察があるのも、本書の良い点だと言えるでしょう。

それでは、第2章以降から、ふたつだけピックアップしてみましょう。まずは、常々「努力は不要」と主張し、「がんばらない」がモットーの僕らしいピックアップ。

日の当たらない場所であっても、地道に誠実に努力すれば、いつかきっと報われる、という考え方をする人がすくなくありません。つまり「世界は公平であるべきだし、実際にそうだ」と考える人です。このような世界観を、社会心理学では「公正世界仮説」と呼びます。

「努力すれば夢は叶う」という価値観に執着するのはリスクが高いと言えます。

ある職場で人一倍努力しているのになかなか成果が出ないというとき、もしかしたらそれは努力不足なのではなく、そもそも「場所が悪い」、つまりその仕事が求める資質と本人の資質がフィットしていない可能性があります。

僕は、努力が必要なのであれば、その人はその分野に向いていないと主張しています。ここでは、同じことを言っているのだと思います。本の後半に「逃げる」や「エグジット」というワードが出てきますが、場所を変えるというのは、これからの普通になって欲しいと思っています。

もつひとつは、リベラルアーツについて。

人がどのように生きるべきか、社会がどのようにあるべきかを規定するのはサイエンスの仕事ではありません。このような営みにはどうしてもリベラルアーツに根ざした人文科学的な思考が必要になります。

「リベラルアーツ」が何かわからなかったので、Wikipediaで調べてみました。

現代では、「学士課程において、人文科学・社会科学・自然科学の基礎分野 (disciplines) を横断的に教育する科目群・教育プログラム」に与えられた名称である。

リベラルアーツが気になったのは、直近で読んだ石角友愛「いまこそ知りたいAIビジネス」でも、リベラルアーツの重要性が説かれていたからです。この辺りはおそらく自分が接してこなかった分野で、「人文科学的な思考」と言われてもまったくイメージがつきません。ただ、おもしろそうなので、調べてみます。

という2点をピックアップしてみましたが、かなり個人的に偏っています。まずは、目次を確認して、気になる項目を探してもらえるといいかなと思います。

かなりおすすめな本なのですが、盲信するのは良くないですね。ファクトよりも、ビジョナリーの発言や著書などからの引用が多い印象です。ですから、本書で示されていることが(納得感はあるのですが)正解かどうかはわかりません。僕の体感と、それから僕が普段言っていることにマッチしているから個人的には支持しているという側面はあります。とは言え、新しい価値観に触れるというのは大切です。ここでは、読む価値のある本だと断言します。

前作「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」もおすすめです。むしろ、前作を読んで著者が真っ当であることを知らなければ、本書はありがちなビジネス書だと考えて読まずにいたかもしれません。

コメント

  1. […] […]

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