『教養としてのテクノロジー』伊藤穰一

教養としてのテクノロジー AI、仮想通貨、ブロックチェーン

発刊当時、MITメディアラボ所長を務めていた伊藤穰一の新書です。テクノロジーと言っても、内容はそれほど難しくはありません。さっと雰囲気を感じ取れると思います。「いま」何が起こっているのか、知るのにちょうど良い一冊です。

伊藤穣一というと、なんともタイミングが悪いのですが、今回は純粋に本の内容だけを取り上げることにします。

テクノロジーの中で、AI、仮想通貨、ブロックチェーンなどを扱っています。それらが、経済や社会にどのような影響を与えるのでしょうか。ボリュームのある本ではないので、ひとつひとつのトピックは深いところまでは扱っていません。キーワードを仕入れて、さらに別の本で調べるという使い方が良いでしょう。ここでは、そのようなキーワードのうち僕が気になったものをピックアップします。

1つ目は、「レジリエンス」というキーワード。「回復力、しなやかさ」と書かれています。「GAFA」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字です。「スケール・イズ・エブリシング」なシリコンバレーを象徴する言葉ですね。しかし、スケールの重要性について考えたときに、1つに集中させるのではなく、たくさんの組織やサービスに分散させたほうが「レジリエンス」は高いと結論づけられています。感覚的には同意できるものの、詳しくは触れられていません。どう分散されるべきなのか、自分なりに考えてみる必要があります。

次に、「働く」ということについて。AIの技術はインフラとして実用化の域に達しつつあります。これによって効率化ができたわけですが、人間の労働は経済効率だけで語ることはできないとしています。そもそも「働く」とはどういうことなのでしょうか。働くことと、お金とはイコールではありません。

ここで「アテンション・エコノミー」というキーワードが出てきます。

お金ではないが価値のあるものとして、「アテンション・エコノミー(関心経済)」という概念があります。この言葉は、1997年にアメリカの社会学者であるマイケル・ゴールドハーパーが提唱したものです。情報過多の社会では、人々の「アテンション(注目や関心)」が情報量に対して希少になることで価値が生まれるというものです。

例として、トラフィックの多いウェブサイトは、いつでもトラフィックに広告を入れることでお金に換金できるということを挙げています。これはお金ではない1つの価値の蓄積と言えます。

さらに、「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)」が実現した場合、お金のような経済的な価値のためだけに働く必要がなくなります。そうなると「ミーニング・オブ・ライフ(人生の意味)」が重要になってくると言います。

「経済的価値を重視して生きることが幸せである」という従来型の資本主義に対して、「自分の生き方の価値を高めるためにどう働けばいいのか」という新しい<センシビリティ (Sensibility)>を考えるには、とても面白い時期だと思います。

続いて、仮想通貨につていの話題です。ここでは、最近耳にすることの多い「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」について取り上げられています。テクノロジー系のスタートアップ企業が仮想通貨を介して資金調達する手法として急速に普及しました。これについて著者は、インチキなICOがたくさんあると指摘します。というのも、いまのICOが、最終的に損をする被害者がいるような仕組みの上に成り立っているからだそうです。

本書が発行された時期、アメリカではICOバブル、日本では仮想通貨が盛り上がっていたタイミングです。バブルが終わったときに、本質的な変革が始まると著者は言います。2019年も終盤です。日本の仮想通貨もだいぶ落ち着いてきた印象があります。これから何かしらの変革が始まるのでしょうか。

個人的には仮想通貨は、前述の通りバブル感が漂っていて興味が持てずにいました。むしろ、それよりも仮想通貨を支える技術である「ブロックチェーン」が気になっています。とは言え、ブロックチェーンが何に使えるのか、いまいちピンと来ていません。「ディセントラリゼーション(脱中心)」へ向かう流れなのですが、正直に言うと、分散管理のメリットを理解できずにいます。

情報を持つコンピュータが一か所に集中せず、複数のコンピュータにより共有される「P2P(ピア・トゥーピア)」であるため、セキュリティを確保することができ、かつ低コストでの運用が可能です。また記録のトレーサビリティが確保されており透明性が高く、暗号化により匿名性が担保されているため、所有権を明確にする必要がある「証券」や「通貨」など金融分野での活用が見込まれる新たなテクノロジーです。

低コストになることが重要なのかと思って読み進めると、こう書かれています。

ブロックチェーンという新たなテクノロジーを考えるための視点として、いちばん大切なのは、効率化によりコストが安くなることではなく、インターネットのように「ディセントラリゼーション」に向かうことです。

これについては、文章の構造にエラーがありそうな気がします。僕は複数のコンピュータで管理するというディセントラリゼーションについて考えながら読んでいるのですが、著者は、世の中にたくさんの通貨やトークンがあるほうが「レジリエンス」が高まるという意味での分散化について述べています。文章の流れの中で、それがごっちゃになっているようです。

後者の、たくさんの通貨やトークンの説明として「自然資本」というキーワードが出てきます。日本に関係しそうな具体例として、マグロを「自然資本」として、その漁獲権をトークン化する手法が検討されているという事例を挙げられています。これはおもしろい。思考実験としての「ハンバーガー通貨」もそうですが、何でも通貨やトークンにできるわけです。そうなると、再びお金と価値について考える必要が出てきます。

すでにお金を持っている人たちについては、お金では買うことができない「ミーニング・オブ・ライフ(人生の意味)」をいま以上に考える必要が出てきました。一方で、お金は持っていなけれど、ある特定の価値観やコミュニティを持っている人については、どんな価値をお金に交換して生活していくかを真剣に検討しなければなりません。

個人的に重要だと思うのは、それが大多数に支持される価値である必要はないであろうということです。また、自分では価値のないと思っているようなものに価値を見出す人もいるでしょう。

このような状況になると、教育のあり方も変わってきます。従来のように「入れ替え可能なお利口さん」を育てる意味がなくなります。そこで、本書で取り上げているのが「アンスクーリング」です。なお、第5章の教育についてはアンドレー・ウールがメインの執筆者となっています。

アンスクーリングは、日本語に訳せば「非学校教育」という意味になるでしょうか。その名の通り、学校教育に頼らず、学校そのものが一切存在しないかのように子どもを育てるのが「アンスクーラー (Unschooler)」と呼ばれるコミュニティです。

大人が子どもの教育をしないのですね。子どもたち自身が興味を持ったことを探求するため、大人が手助けをするのがアンスクーリングなのだと言います。わが家の教育方針に近い気がして、親近感を持ちました。

アンスクーラーにとってインターネットや新しいテクノロジーは、社会の知識とつながる大事なツールです。逆に言うと、インターネットの発達や新しいテクノロジーの登場によってアンスクーリングが成立するようになったと言えるのではないでしょうか。これまでも、テクノロジーによって教育のシステムは変わってきたわけですから、今また新しい教育システテムが登場するのは当然である気がします。

現在の教育システムが提供するものは「将来に向けての準備」です。アンスクーリングが重視しているのは、子どもたちが「いまを生きる」ことに集中できることです。それは「フューチャリスト(未来志向者)ではなくナウイスト(現在志向者)になろう」という伊藤穣一の提案と同じだと述べられています。

「イノベーションは、いま身の回りで起きていることに心を開き注意を払うことから始まるのだから、フューチャリストであってはいけない。いまの出来事に集中するナウイストになるべきなのだ」

「『いま』に生きる意味を見つけよう」というのは伊藤穣一の一貫したメッセージです。

最後の2章は日本について語られています。こういった日本論については、いろんな本でいろんな観点から語られています。それらはどうしても、個人的な希望であったりポジショントークであったりがベースとなってしまいます。伊藤穣一の場合は、外から日本を見る立場にいますから、海外との比較でややネガティブな捉え方で、その上でどうすればいいかという論調のようです。

ひとつのトピックとして、東京オリンピックが取り上げられています。来年には開催されるわけですが、個人的には心の準備ができている人は少ないのではないかと思います。このまま進んでいくのか、あと1年もしないうちに何かが変わるのか。東京オリンピックはひとつのターニングポイントになり得るのでしょうか。

この2章の内容については、これ以上ここで紹介するのは控えます。いろんな観点の本を何冊か読んでみるのが良いでしょう。この本もそのうちの一冊として読んでください。

さて、あとがきに重要なことが書かれています。

新たなムーブメントの芽はそこかしこに見え始めています。僕の役割は、ムーブメントをむりやりに起こすことではありません。起ころうとしているものを拾い上げて、小さな波をつなげていくことです。

このスタンスは一貫されているように思います。これはつまり「ナウイスト」の行動様式ですよね。テクノロジーについての本ではありますが、その中で重要なのが「いま」と「意味」というキーワードだというのがポイントだと感じました。

ここで取り上げたのは、僕が気になったキーワードのさらにその一部です。箇所によっては、1トピックの掘り下げが中途半端だと感じるところもありました。このボリュームでこの内容なので仕方がないかと思います。伊藤穣一の本は、もう一冊未読のものが積んであるので、そちらを読むことにします。この本では、短時間でトレンドを追う。キーワードを仕入れる。という意識でいると良いでしょう。一度、本書をすべて読んで、自分が気になったキーワードを調べていくと良いかと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました